東京大学中東地域研究センター UTCMES スルタン・カブース・グローバル中東研究寄付講座

UTCMES定例研究会の実施報告

第3回「『アラブ革命の遺産』合評会報告」

報告者:鈴木恵美(早稲田大学)、鶴見太郎(日本学術振興会)
応答:  長沢栄治(東京大学)
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 2012年10月21日、駒場キャンパス18号館コラボレーションルーム3にて、第3回定例研究会「『アラブ革命の遺産』合評会」が行なわれました。
 以下に研究会の報告を掲載します。

(1)本年3月に『アラブ革命の遺産』(長沢栄治著)が刊行された。執筆者は1990年にアジア経済研究所から刊行された『東アラブ社会変容の構図』のなかでエジプトにおける共産主義運動に関する論文を複数発表してきたが、本著は前作をさらに発展させたエジプト共産主義研究の集大成ともいえる。 

 本書は、共産主義運動の形成と分裂の過程で浮上した運動のエジプト化とアラブ民族主義化を、二人のユダヤ系マルクス主義者の人生を通して考察した。この二人とは、一人はインターナショナリストとしてアラブ民族主義とは一線を画して生きたヘンリ・クリエル、そしてパレスチナの悲劇に共感しエジプト人として生きようとしたアフマド・サーディク・サアドである。執筆者は、この対称的な二人がアラブ民族主義の高揚のなかで共産主義運動から排除されていく過程を描き、パレスチナ問題が如何にエジプト社会全体に大きな影響を与えてきたかを議論した。また、共産主義運動がナセル政権に組み込まれ、この体制を強化し正当化するための旗印とされた側面を指摘することで、エジプトの政治が抱える本質的な問題も浮かび上がらせた。

 合評会において最初に報告した鶴見氏はシオニズムの専門であるため、本報告者は専らエジプトをフィールドとする地域研究の視点からコメントを述べた。本報告者が提示したいくつかの論点のなかで、ここでは2つに絞って述べたい。第一点は、クリエルのアラブ民族主義に対する姿勢が意味するものである。クリエルはアラブ民族主義が高揚していた時代に、アラブ民族主義ではなくエジプトナショナリズムにこだわった。またスーダンとの合併を主張する大エジプト主義にも警戒していた。執筆者によるとクリエルは、エジプトにおけるアラブ民族主義を「パレスチナ人の民族的な権利の主張を自国の利益のために恣意的に用いようとする統一的な思想」と見なしていたという。ここで生じる疑問は、クリエルは単にインターナショナリストであるがゆえにアラブ民族主義を否定したのか、あるいはアラブ民族主義に対し他者(ここではシオニスト)を排除する要素を見ていたのかである。この問いに対し執筆者は、アラブ民族主義はパレスチナ問題の深刻化に伴って強化された思想であり、反シオニズム的な思考を内包するという。1月25日革命によって第一共和制が打倒され、社会全体にエジプトナショナリズムとともにアラブ民族主義が高揚する兆しをみせている現在、この返答は衝撃的であった。

 第二点目はアイデンティティの捉え方の違い(変容)である。サアドが祖国を表す言葉にビラード(国という意味のアラビア語バラドの複数形)を用いているように、クリエルやサアドの祖国に対する捉え方は柔軟であり、両者にとってエジプトは紛れもない祖国であった。当時の社会もまた、このようなアイデンティティを受け入れていた。しかしパレスチナ問題が深刻化すると、民族こそが個人の行動を規定する第一のアイデンティティと考え、民族的アイデンティティを持たない自己の政治的権利を否定する硬直的で不寛容な空気が全土を覆う。自己のアイデンティティを他者が規定し、共産主義運動のエジプト化に尽力したクリエルとサアドが組織から排除されたのは、実に皮肉な結末といえよう。

 本書は1940年代50年代を中心とした共産主義運動に焦点を当てているが、1月25日革命を考える上でも非常に意義深い。1月25日革命の中核となったのは若者を中心とした大衆運動であったが、本書は世代から世代に受け継がれた大衆運動の記憶の原点を、共産主義運動という視点から明らかにしたからである。1月25日革命については直近の情勢の変化に目を奪われがちであるが、本書は革命の底流に流れる本質に目を向けることの大切さを教えてくれる。

(執筆:鈴木恵美)

(2)今年上梓された長沢栄治『アラブ革命の遺産』は、1952年エジプト革命に深く関与した二人のユダヤ系エジプト・マルクス主義者の軌跡を描いた大著である。今回の合評会は、エジプト史の視点から鈴木恵美氏が、ユダヤ史の視点から鶴見太郎がそれぞれ書評を行った。ここでは鶴見担当分に関して、書評の概要と合評会を終えての雑感を記しておきたい。

 まず本書の概要を提示したのち、いくつか問題点と本書の意義である諸論点を提起した。問題点はいずれも本質的なものではないが、以下の4点が挙げられる。(1)先行研究のなかでの本書の位置づけや方法論についての記述がほとんど見られない点、(2)読者への案内として、エジプト共産主義運動についての基礎知識があまり提示されていない点、(3)記述がやや冗長である点、(4)シオニズムやイスラエルに関しては、実質的にサアドに語らせて終わっている感が強く、踏み込んだ分析が見られない点。こうした点は著者自身も認める点であったが、歴史の陰に隠れていた二人の人物に光を当てた本書の意義を減じるものではない。
 
 その意義は、主に以下の3つの論点にまとめることができる。第1に、アラブ・イスラーム圏におけるマルクス主義が何であったかについて、重要な側面を提示したことである。ユダヤ人差別が根強く、また、資本主義化に伴う社会経済構造の大変動にユダヤ人自身が深刻な影響下にあったロシアにおいては、ユダヤ人がマルクス主義に惹かれるのは容易に理解されるものである。だがエジプトにおいてはいずれの条件もあまり見られなかった。そのなかで本書の主人公サアドとクリエルがマルクス主義に惹かれたポイントは、著者が強調しているように、「インターナショナリズム」と「民族」というキーワードである。

 それは、2点目の論点、すなわちサアドのシオニズム論の射程を考えることでその意味が明らかとなる。サアドは、他の多くのマルクス主義者やアラブ民族主義者と同様に、シオニズムをイギリス帝国主義と手を結ぶ植民地主義と規定し、終始これを批判していた。ところが、建国後事実上ユダヤ人がイスラエル国家の基幹民族となったのちに、サアドはそのユダヤ人自身による民族主義には肯定的な評価を与えたのである。それが国際的な資本主義の体制から土着民族が脱却することを意味するからである。サアド、さらにはクリエルにとってのエジプト民族主義にもそのような意味合いがあった。すなわち、土着民族の、土着民族による、土着民族のための民主主義である。

 ここから、3つ目の論点である、エジプト共産主義運動における民族や民族主義が何であったかという問題を考えるための指針が示される。エジプト民族主義は、ナセル体制で頂点に達する、欧米列強やシオニズム=イスラエルに対抗するアラブ民族主義として拡大していった。エジプト民族主義を擁護する一方でアラブ民族主義に批判的だったクリエルは、ほどなくしてエジプトを追放される。エジプト共産主義においても、イスラエルとの戦闘激化に伴い、ユダヤ系の運動家は排除されていった。このことは、エジプト民族主義がアラブ民族主義へと拡大していくなかで、エジプト自体が抱えていたはずの問題が看過されるようになっていたことを暗示しているのである。クリエルはのちに、シオニストとの対抗を強調するあまり、アラブの反動勢力から共産主義者たちの目がそれてしまったことを回顧している。評者は、こうした負の遺産が、2011年の革命になってようやく清算され始めたと解釈することで、本書の大きな意義が理解されると説いた。

 サアドのシオニズム論をめぐっては、もう一つ興味深い議論が生まれた。評者は、サアドのシオニズム批判の難点として、それがユダヤ資本とシオニズム(資本)を同一視していることと、経済的な観点に偏重し、イギリスやシオニストにしか目を配っていないことを挙げた。これが問題であるのは、ヨーロッパ史全体のなかでシオニズムを生み出した構造がユダヤ人の「棄民」といえるものであった側面を看過してしまうからである。これに対して著者は、その問題をサアドや当時のマルクス主義者の限界として指摘しつつ(ただし、クリエルはこの問題に気づいていたのではないか、とのことである)、棄民という
側面について、近代日本の被差別部落の問題を引き合いに出した。南米への移民のなかには被差別部落民の棄民という側面があったという問題である。こうした意味での人口移動は、近現代史の負の側面を考えるうえで非常に重要なテーマでもあり、本書の主題とは直接的には関係ないものの、まさにインターナショナルに――ただし、どのような意味で「インターナショナル」か、も鍵である――歴史を見ていく重要性を端的に示す一幕であったように思われた。改めて整理するなら、そうしたインターナショナルな視点から同時代のエジプトが抱える課題を提起しようとしたのがサアドとクリエルだった。

(執筆:鶴見太郎)